2007年9月2日開始。いつまで続けられるかな?
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Kちゃんは、体力的に自力で歩くことも困難になっていた。
それでも補助機につかまって、談話室までの10メートルほどをゆっくりゆっくり、一緒に歩いた。
談話室のイスに座る時も、補助機からイスまでのわずかな距離さえ自分の体を支えられない。ゆっくりゆっくり、一つづつの動作を彼女は頑張る。私は少し手を貸しながらも、彼女のやり方を見守る。彼女の体と健康の状態の変化の大きさを感じる。
「こんなになっちゃってね…もうね…しょうがないんだよ」
彼女は申し訳なさそうに私を見上げる。
「うんうん。私もあと30年もしたら同じになるから。ちょっと早かったねえ、Kちゃんは」
「ふふふ。そうだねえ」
彼女は、20才くらいの頃と同じように笑う。
体がどんなに変わっても、その中にある魂こそが彼女だと感じる。
彼女の目は少しも変わらない。自分の体のことも、失敗も、全部冗談にして笑う彼女。
この20年、どんな風だったのか聞いた。何度も危険な状態を経験したこと。周囲の人はいつ死んでも仕方ないと思っているので、彼女が気を失っても慌てないのだそうだ。低血糖を起こして昏睡に陥った時にも、家族は「今日はよく寝てるわ」と思って発見がとても遅れたこと。
いつ死んでも不思議でない病人と一緒に20年も暮らすと、家族の感覚もどんどんそれに馴れていくのかもしれない。私が夫の忘れ物や失敗に動じなくなるのと同じなのだろう。
「お母さんやお父さんは元気?」
「うん。あの店ね、けっこう前にね辞めたんよ。もうしんどいってなあ。それでねえ、昔から務めてた従業員さんがやりたいって言うから任せてやってもらってるんよ。まあ、オーナー?ってやつやね」
「そう。それは楽になってよかったねえ。お見舞いには来てくれるの?」
「ううん。もう来ないねえ。お母さんもお父さんも、お見舞いには全然来ない」
Kちゃんは寂しそうな顔をした。
「何か、楽しみはないの?ハマっちゃうこととかさ。芸能人でも、食べ物でも、趣味でも」
「ないんだよねえ。楽しみがなーんにもないの。元気がないからねえ。」
「そうかあ。何か見つかるといいよねえ。そうしたら少し楽しくなるよねえ」
「うん。そうなんやけどねえ。ああ、食べ物にはまだ執着するなあ。チョコレートで好きなのがあってねえ」
「へえ。なに?」
「レミーっていうチョコ。ラム酒のレーズンが入っててね、期間限定なんよ」
「あーそれ知ってる知ってる。あれって季節限定なんだっけ」
「前は看護婦さんに頼んでね売店から買ってきてもらってたんだけど、最近、人が減らされたらしくてね、忙しいからって買ってきてもらえんようになったんよ。もうがーーーっかり。」
「そうなんだー…それは残念だねえ。たった一つの楽しみなのに。九大の時も、Kちゃんおしるこばっかり夜中に食べてたもんね」
「あははは、もう!余計なことばっかり覚えてるね!」
Kちゃんは、4、5才くらいの子供のような幼い話し方になったり、40才の大人になったりする。一度した話をまた最初から話したり、こちらの話したことを忘れていたりする。脳の問題なのだから、記憶に問題が起きるのはごく自然だ。
「最近ねえ、検査したらね、脳が縮んできとるって言われたんよ。もうね、だめなんよこの頭は。だからいつまでYちゃんのこと覚えてられるかねえ」
Kちゃんは不安そうな顔でうつむいた。
脳の萎縮と聞くと、アルツハイマー症を思い浮かべてしまう。
Kちゃんはたった40才過ぎなのに、体は老人のように見える。彼女の人生は、いったい何なのだろうと思う。このような過酷な試練に満ちた人生で、人はいったい何を学ぶというのか。
「いいんよ、忘れても。私がちゃんと覚えてるんだから。」
Kちゃんはびっくりしたように私の顔を見て
「はー…… そうやねえ。そんなこというのYちゃんだけやなあ」と言った。
私は忘れられることに馴れているし、覚悟が出来ているつもりだ。
なにせ夫は私との思い出を覚えていない。若い頃のデートの思い出さえも、共有できることは少ない。私にとってすごく腹が立った瞬間も、感動した瞬間も、彼にとっては、実感のない「私から聞いた話」になっている。そればかりか、これから年を重ねて行けば、どんどん記憶を失っていくかも知れないのだ。
それでも私は平気だ。だって私が覚えているのだから。あの瞬間は、確かにあったと。そして今も目の前に、その大切な人がいる。それだけで十分なのだ。
過去にあったことよりも、今この瞬間一緒にいることの方が遥かに大切だ。
今この瞬間にあることのきらめきに比べれば、過去は頼りない陽炎に等しい。思い出とは、すべて過ぎ去ったことの幻だ。
夫もいろいろ忘れてしまう人なのだと、Kちゃんに少し話した。
「そうなん。大変な問題やねえ、それは」とKちゃんは気の毒そうにうなづいた。
「Kちゃん、私、明日、福岡に帰るんだけど、午前中時間作って、また来る。今日は帰るね」
Kちゃんをあまり疲れさせるのはよくない。彼女を病室までゆっくりゆっくり送った。たった10メートルを移動するのに、5分以上かかる。彼女は恐縮して、何度も「もうここでいいよ。もういいよ」と言ったが、「いいんだよ。このあと何も予定はないんだから。」と言うと嬉しそうに笑った。
別れ際、しっかりハグした。
「またあしたくるね」
「うれしいよお、私のことなんか覚えてて探してくれたなんて。もう一生会えない人だと思ってたんよ」
いつだってこんな別れ際は辛い。
私は何度か振り返って、彼女に手を降った。
彼女は名残惜しそうに、ずっとこっちを見ていた。
一時間弱の面会だったけれど、腹ぺこの娘が、珍しく文句一つ言わずおとなしくしていた。
病院を出ると、大きなぼた雪がものすごく大量に降ってきている。
雪の中、車まで戻る時、娘が手をつないできて「ママ、よかったね」と言った。
街でレストランを見つけて入った。
二人では十分な量を頼んだ。
目の前の娘。
たくさんのご馳走。
元気な店員の掛け声が飛び交うにぎやかな店内。
これが私の今ここにある人生。
胸の中にあるいろんな思い。
痛みとぬくもりと、その他さまざまな感覚。
これが今ここにある、私の一瞬。
噛みしめた。
みんな 一人ひとりが それぞれの人生を
懸命に 生きているのだ。
それでも補助機につかまって、談話室までの10メートルほどをゆっくりゆっくり、一緒に歩いた。
談話室のイスに座る時も、補助機からイスまでのわずかな距離さえ自分の体を支えられない。ゆっくりゆっくり、一つづつの動作を彼女は頑張る。私は少し手を貸しながらも、彼女のやり方を見守る。彼女の体と健康の状態の変化の大きさを感じる。
「こんなになっちゃってね…もうね…しょうがないんだよ」
彼女は申し訳なさそうに私を見上げる。
「うんうん。私もあと30年もしたら同じになるから。ちょっと早かったねえ、Kちゃんは」
「ふふふ。そうだねえ」
彼女は、20才くらいの頃と同じように笑う。
体がどんなに変わっても、その中にある魂こそが彼女だと感じる。
彼女の目は少しも変わらない。自分の体のことも、失敗も、全部冗談にして笑う彼女。
この20年、どんな風だったのか聞いた。何度も危険な状態を経験したこと。周囲の人はいつ死んでも仕方ないと思っているので、彼女が気を失っても慌てないのだそうだ。低血糖を起こして昏睡に陥った時にも、家族は「今日はよく寝てるわ」と思って発見がとても遅れたこと。
いつ死んでも不思議でない病人と一緒に20年も暮らすと、家族の感覚もどんどんそれに馴れていくのかもしれない。私が夫の忘れ物や失敗に動じなくなるのと同じなのだろう。
「お母さんやお父さんは元気?」
「うん。あの店ね、けっこう前にね辞めたんよ。もうしんどいってなあ。それでねえ、昔から務めてた従業員さんがやりたいって言うから任せてやってもらってるんよ。まあ、オーナー?ってやつやね」
「そう。それは楽になってよかったねえ。お見舞いには来てくれるの?」
「ううん。もう来ないねえ。お母さんもお父さんも、お見舞いには全然来ない」
Kちゃんは寂しそうな顔をした。
「何か、楽しみはないの?ハマっちゃうこととかさ。芸能人でも、食べ物でも、趣味でも」
「ないんだよねえ。楽しみがなーんにもないの。元気がないからねえ。」
「そうかあ。何か見つかるといいよねえ。そうしたら少し楽しくなるよねえ」
「うん。そうなんやけどねえ。ああ、食べ物にはまだ執着するなあ。チョコレートで好きなのがあってねえ」
「へえ。なに?」
「レミーっていうチョコ。ラム酒のレーズンが入っててね、期間限定なんよ」
「あーそれ知ってる知ってる。あれって季節限定なんだっけ」
「前は看護婦さんに頼んでね売店から買ってきてもらってたんだけど、最近、人が減らされたらしくてね、忙しいからって買ってきてもらえんようになったんよ。もうがーーーっかり。」
「そうなんだー…それは残念だねえ。たった一つの楽しみなのに。九大の時も、Kちゃんおしるこばっかり夜中に食べてたもんね」
「あははは、もう!余計なことばっかり覚えてるね!」
Kちゃんは、4、5才くらいの子供のような幼い話し方になったり、40才の大人になったりする。一度した話をまた最初から話したり、こちらの話したことを忘れていたりする。脳の問題なのだから、記憶に問題が起きるのはごく自然だ。
「最近ねえ、検査したらね、脳が縮んできとるって言われたんよ。もうね、だめなんよこの頭は。だからいつまでYちゃんのこと覚えてられるかねえ」
Kちゃんは不安そうな顔でうつむいた。
脳の萎縮と聞くと、アルツハイマー症を思い浮かべてしまう。
Kちゃんはたった40才過ぎなのに、体は老人のように見える。彼女の人生は、いったい何なのだろうと思う。このような過酷な試練に満ちた人生で、人はいったい何を学ぶというのか。
「いいんよ、忘れても。私がちゃんと覚えてるんだから。」
Kちゃんはびっくりしたように私の顔を見て
「はー…… そうやねえ。そんなこというのYちゃんだけやなあ」と言った。
私は忘れられることに馴れているし、覚悟が出来ているつもりだ。
なにせ夫は私との思い出を覚えていない。若い頃のデートの思い出さえも、共有できることは少ない。私にとってすごく腹が立った瞬間も、感動した瞬間も、彼にとっては、実感のない「私から聞いた話」になっている。そればかりか、これから年を重ねて行けば、どんどん記憶を失っていくかも知れないのだ。
それでも私は平気だ。だって私が覚えているのだから。あの瞬間は、確かにあったと。そして今も目の前に、その大切な人がいる。それだけで十分なのだ。
過去にあったことよりも、今この瞬間一緒にいることの方が遥かに大切だ。
今この瞬間にあることのきらめきに比べれば、過去は頼りない陽炎に等しい。思い出とは、すべて過ぎ去ったことの幻だ。
夫もいろいろ忘れてしまう人なのだと、Kちゃんに少し話した。
「そうなん。大変な問題やねえ、それは」とKちゃんは気の毒そうにうなづいた。
「Kちゃん、私、明日、福岡に帰るんだけど、午前中時間作って、また来る。今日は帰るね」
Kちゃんをあまり疲れさせるのはよくない。彼女を病室までゆっくりゆっくり送った。たった10メートルを移動するのに、5分以上かかる。彼女は恐縮して、何度も「もうここでいいよ。もういいよ」と言ったが、「いいんだよ。このあと何も予定はないんだから。」と言うと嬉しそうに笑った。
別れ際、しっかりハグした。
「またあしたくるね」
「うれしいよお、私のことなんか覚えてて探してくれたなんて。もう一生会えない人だと思ってたんよ」
いつだってこんな別れ際は辛い。
私は何度か振り返って、彼女に手を降った。
彼女は名残惜しそうに、ずっとこっちを見ていた。
一時間弱の面会だったけれど、腹ぺこの娘が、珍しく文句一つ言わずおとなしくしていた。
病院を出ると、大きなぼた雪がものすごく大量に降ってきている。
雪の中、車まで戻る時、娘が手をつないできて「ママ、よかったね」と言った。
街でレストランを見つけて入った。
二人では十分な量を頼んだ。
目の前の娘。
たくさんのご馳走。
元気な店員の掛け声が飛び交うにぎやかな店内。
これが私の今ここにある人生。
胸の中にあるいろんな思い。
痛みとぬくもりと、その他さまざまな感覚。
これが今ここにある、私の一瞬。
噛みしめた。
みんな 一人ひとりが それぞれの人生を
懸命に 生きているのだ。
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