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ももに服を作りました。

ももは 今 右側の乳房が酷くただれているので
湿潤治療をするために体の右側全部にビニール袋とおしっこシートで
作った部材を当てています。
この部材の作り方は、床ずれ治療でこれまでの皮膚治療法を全部覆した
ラップ療法で有名な鳥谷部俊一医師のサイトで紹介されているものです。

治すのが困難だった重度の床ずれが、水道水で洗ってサランラップで覆う
だけで魔法のように治ってしまう!というのがラップ療法です。
(ちゃんと調べてからやって下さいね。鳥谷部先生がサイトにやり方を
 詳しくまとめて下さっています)

さて話を戻すと、犬の習性で、傷口はとにかく舐めて治そうとします。
だから部材が邪魔と思うと、無理矢理口ではがしてしまいます。
ちょっと目を離すと、どんなにテープでぐるぐる巻きにしても
全部きれいにはがしてしまいます。
そればかりか、一番酷い状態の、皮膚に穴があいた傷を傷パワーパッドで
覆っているのですが、そのパッドを食べてしまう。
これを食べちゃうと、消化出来ずに数日具合が悪そうにして、最後は
吐き戻します。
吐いて出てくればいいけど、詰まってしまったらと、それもほんとに心配。


それに一番酷い傷にぴったり張り付いているパッドをはがすというのは、
かさぶたになったばかりの傷をまた血が出る状態にむくのと同じくらいに
痛いだろうに、どんなに痛くても、自分で自分の体を治そうとするんです。
その姿はけなげなんですが、それではいつまでたっても治らない。

湿潤療法を続ける為には、部材をはがさないように(つまり舐められない
ように)することが必要でした。
しかも犬は好きな時におしっこやウンチをしますから、人間のズボンや
パンツをそのままはかせる訳にはいきません。

古い服を着せて、トイレに困らないよう、しっぽとお尻が出る
ように穴をあけて、包帯でぐるぐる巻きにしていたのですが、
これがもう、本当に器用に、脱いでしまう。
それも、ちょっと目を離すとやられるのです。
それから、体型に合わないので、すぐにずれたり脱げたり。

これもだめだった、あれもだめだったと、毎日毎日、試行錯誤
を繰り返していたのですが、昨日の朝、突然に新作を制作する
気になって、ミシンを取り出しました。

「裁縫の神様」が降りてきた!
って感じです。

私はあらゆる家事の中で、お裁縫が一番苦手です。
だから犬の服を作るなんて、到底無理と思っていたのですが、
この日どういう訳か、作り方(体に合う立体的な型)が思いつ
いたのです。

朝7時、起きてからずっと、夕方までミシンを動かし、針を手
にして、よいしょよいしょと作り続け、完成!!

まだまだ改善の余地はありますが、とにかくお腹を保護して舐めら
れないようにする為の犬ズボン完成です。

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看病するがわにとって一番体力的に堪えるのは 夜ゆっくり
安心して眠れないことかも知れない。

油断して眠ってはいけないという気持ちが働くので不眠気味
になって、体力が落ちたせいかもしれないけど、私のほうが
かなりひどいぜんそくを起こしてしまい。

4、5日がまんしていたのですが呼吸が足りなくてまったく
眠れずついに救急で病院に駆け込みました。

呼吸が苦しいときに思うのは、肺がんで最期呼吸不全になる
というのはこれと同じ苦しさなんだろうなあということです。
ぜんそくは気管拡張剤を使えばすぐに楽になりますが、肺が
んとか肺炎になった時の呼吸不全は回復しないので、ずっと
苦しいのが続きます。呼吸って命に関わっているので、少し
でも呼吸が足りないときには、体は意識を保とうとするよう
で、本当に眠れません。多分、気を失う事もめったにないと
おもいます。

肺がんで亡くなった義父は、最期のころには麻薬で眠らせ続
けました。それ以外、苦しみを楽にする方法がなかったのです。

ももがそんな風に苦しくなっても、犬に麻薬を使ってくれる
はずもなく、苦しませたままか、安楽死を勧められるのだろ
うと思います。

私は、こうして自分の体で、どんなものがどんな風に苦しい
のかというのを体感する事が好きです。好んで苦しみたいわ
けではないですが、患者にしか分からない感覚、正直な感想
というのは、自分がそれになってみるのが一番だからです。


なんでも、知ってみたいんだなあ。

知っている苦しみなら、サポートもより親身になって、相手
の求めていることに手が届く気がするのです。

今日は、全部の仕事をお休みにしました。
片付いていないこと、やりかけていること、たくさんあるけ
れど私にも休みが必要だと気づきました。


最近はちゃんとご飯を作って食べようと言う気が起きなくて
台所で作るのはももの為のご飯だけです。
家族にはほんとに適当なものを食べて済ませてもらっています。


ももの乳癌腫瘍は 劇的に小さくなっています。
それでも、ひどく痛むときがあるようで、キューンキューンと
鳴く事があります。
その声を聞くと 本当に取り乱してしまいます。
我慢強いももが、鳴き声をあげるなんてこれまでに一度もなか
った事です。私も正気を失いそうになるほど、動揺します。
可哀相で、可哀相で、胸が苦しくなります。
痛みをとってやりたい一心で体をさすります。しばらくすると
少しは痛みが引くのか、眠ります。


そうかと思うと、本当に元気に、しっぽをぴんとたてて、足取
りも軽く散歩にいく日もあります。痛みさえなければ、ももは
きらきらした笑顔で、全身から元気を放出しているようです。

日によって、ぐったりと気分が悪そう、どこかが痛そうにして
一日中眠っている時もあれば、にこにこ元気で、「ママなんか
美味しいの作ってるの?」とご機嫌な時もあって、それ次第で
家族はみんな気持ちが揺れ動きます。


全身の総合状態として、回復しているならいいんだけど。
いつどこがどうにかなってもおかしくないので緊張は続きます。

それでも。
それでもときには 気持ちを緩めて 休むことが必要。

ももと一緒に、ベッドで横になってます。


拍手[1回]

余命長くておよそ12週という唐突な宣告の日から、急転直下で始まった、
総力を傾けての闘病生活14日目です。

腫瘍は右側一番しっぽに近い乳房から発生し、あっという間に乳腺を伝っ
ておへその上まで右側だけが赤黒く腫れ上がるという痛々しい状態でした。

ももはもともと、毎年乳腺炎を起こしていたので、今年も乳腺炎だと思っ
ていました。でも何だか今年はひどいなあ、痛そうだし、固くなってるし
おかしいなあ、と思い、「手遅れです」と言われる夢をみて、その日に診
察にいって発見に至りました。

そして、同じ右側の脇下のリンパ節に腫瘍は飛び火していて、この診察の
日の時点で、十円玉くらいのまるいしこりが皮膚の下にさわることが出来
ていました。


その日から、ピロキシカム製剤と抗生物質、高濃度プロポリスを12日間
連続投与したところ、乳房の腫瘍は明らかに引きました。今、サイズだけ
でいえば、健康体の頃より大きい箇所はおへそ上の腫瘍だけとなり、その
他の乳房は、サイズ的にはほぼ元のサイズになりました。

ただし色は激しい炎症の後ですので、皮膚は赤黒く、重度の床ずれと同じ
ように皮膚に穴が空き、腐った肉のような悪臭がする膿みのようなどろど
ろが出る箇所があります。

もちろんとんでもなく痛いはずですし、赤黒い皮膚は痛がゆいはずです。
しかし腫瘍の勢いは確実に押さえ込んでいます。
今、一見悪く見える皮膚の状態は、腫瘍によって荒らされ放題になった部
分を正常化する為の炎症で、とても健全な回復プロセスを辿っています。
このようにじゅくじゅくになった皮膚には、絶対消毒液やガーゼは禁物です。

ご存知の方もいらっしゃるでしょうが、これまでの皮膚治療の常識は、大
間違いだったのです。
皮膚がじゅくじゅくしているときには、乾かすのがいい、かさぶたを作れ
ば、治っている証拠、すべて間違いです。

皮膚がじゅくじゅくしている時は、水道水で優しく洗い、台所のサランラ
ップでいいので、水を通さないフィルム状のものをぴたっとはりつけて、
じゅくじゅくが乾かないようにするのが、新しい常識です。
これをラップ療法とか湿潤治療法といいます。
傷パワーパッドという新しいタイプの絆創膏は、このラップ療法です。
だから傷の治りは通常の倍以上、傷跡がまったく残らない、という訳です。

この新常識は、我が家ではもう何年も前から導入済みですので、もものひど
い傷にも、ラップ療法です。
ちなみに獣医師は、「傷は乾かして、消毒、ガーゼ、包帯で保護」と指示
しました。勉強不足ですね。
獣医さんの常識を覆すエネルギーは節約する事にし、今は獣医の指示を無
視して勝手にだまってラップ療法ですが、次に結果を診察してもらう時に
教えてあげようと思います。獣医さんの為だけではなく、これからこの獣
医さんの所にくる動物たちと飼い主さんたちのためです。

思った通り、ひどい褥瘡も、どんどん塞がり始めています。


そして、ピロキシカムの外用薬と内服のダブル処方は、獣医師いわく「聞
いた事が無い」やり方らしいですが、当の患畜のももちゃんにとっては相
当な救いになりました。外用薬の効果は素晴らしく、痛み、かゆみから解
放され、本当に安らかな顔で眠りました。
痛すぎると、本能が強い動物でも、体の抵抗力が落ち(おそらく生き抜こ
うという気力が失われるため)、どんどん弱って全身状態が悪化します。
だから苦痛を出来るだけ取り除くというのは、治療上常に最優先に考える
べきことだと私は思います。

ただし、このような使い方をすると、規定量を越えた薬量が体内に蓄積し
ます。ピロキシカムは半減期48時間の、効果が長く続く薬です。つまり
体からすぐに抜けないで、残るわけです。残っている所へまた服用し、さ
らに外用で塗った同じ成分が吸収されて、体内濃度が、かなり高くなりま
した。

これは、重大な副作用の発生リスクが高くなる危険な治療方法です。

治療開始から12日目、両後足にむくみが認められました。
腎臓のダメージが疑われる、深刻な所見です。
この日から内服のピロキシカム10ミリを中止。
体内残存量が減るのを待つのと同時に腎臓の機能が回復するかどうかを見
守ります。

当然、尿検査をすれば、もっと詳しい所見が出せるのですが、
現状判断で、尿検査は次回診察まで待つことにしました。
お金も無尽蔵ではありませんし、何よりも、獣医さんに連れて行った日、もも
は目に見えて疲れきってしまいます。体力を落とすような真似は、出来るだけ
避けたいのです。

まずは薬を切って、むくみが減るかどうかを観察します。
腎臓のダメージが軽度なら、回復してくれると期待しています。

そして、12日目、抗腫瘍薬と鎮痛剤の役目をしてくれていたピロキシカムの
内服が使えなくなったので、それに代わるものとして13日目からニチニチソ
ウを与え始めました。
日々草は、日本の薬草において唯一、医薬成分を認められている薬草の中の王
様です。人間の癌治療に使われている、抗腫瘍薬の材料が、お花屋さんで売ら
れている平凡な園芸植物の日々草なのです。


花屋さんで12株買ってきました。
体重から換算して、ももの体重なら、1日に葉っぱ2枚くらいが適量と思われ
ます。人間なら、3〜5枚なのだそうです。
私もその日以来、毎朝3枚、夜に1枚を生のままよーく咀嚼して、食べていま
す。ももにはすり潰して青汁を。
たった一枚のはっぱが、全身の癌に効くとしたら、魔法の世界のお話のようです。

14日目の今日時点、

悪化しているかと思われるのは、右脇下のリンパ節のしこりが、ゴルフボール
大になっていることです。それ以外は、むくみもかなり改善し、乳房の腫瘍は
すべて縮小し、安定して回復傾向です。

当然、リンパに転移すれば癌組織の一部がリンパにのって、全身に拡散したと
考えるべきなので、まったく予断は許されませんが、今は、こういう状況です。

癌と戦っているとすれば、現時点では我が方が戦況優位にあり、癌部隊を多方
面にて制圧中。


頑張るぞ。
癌と共存していい、だから元気で楽しい日を1日でも長く。

拍手[1回]

闘病記録。同じ病気(炎症性乳癌)の愛犬をなんとかしてやりたいと
思う未来の誰かの為に残します。



炎症性乳癌。
治療法はなく、手術も不可能。獣医師がお手上げ状態の最悪の悪性腫瘍。
70%以上が診断から12週間以内に死ぬと言われて12日経過。

獣医師の処方は、ピロキシカムにステロイド剤のプレドニン(それまでの
倍量処方)、抗生物質の三つでした。ピロキシカムはステロイドとの併用
が禁忌とされているので、それを指摘した処、「これまであまり副作用は
起きていないので」と言われたものの、飼い主としては併用に反対し、ピ
ロキシカムと抗生物質のみで治療してきました。

2010年ごろから腫瘍細胞の増殖抑制効果があったと報告されていた
ピロキシカム製剤にすがったわけです。

12日服用を続けてきましたが 昨晩 後足にむくみを発見。

ピロキシカムの重大な副作用 急性腎不全もしくはネフローゼ症候群が疑わ
れます。この症状は「まれに」起きる副作用と書かれているのに。
何故まれにしか起きない副作用が、ももに起きるんだとがっくりと肩を落と
しています。むくみは、服用のピロキシカム10ミリに加え、外用薬のピロ
キシカム軟膏を追加したその日に発見されました。

この病気に外用は聞いた事がない、と獣医師には言われましたが、原発部分に
直接腫瘍増加抑制の薬効を届ける事が出来ると考え、無理にお願いして医薬品
メーカーから取り寄せてもらったのです。

内服薬で全身に飛び火する癌細胞を押さえ込み、原発部分の腫瘍には外用で
立ち向かうという作戦だったのです。

しかしむくみという見逃す訳にはいかない所見が現れたため、作戦を見直さな
ければなりません。

腎臓に副作用が及んだ原因は、内服と外用薬の併用によって使用総量が大きく
限界を越えたためか…と思い、体内残存量、外用時と内服時の吸収率など報告
書を探し調べた結果、おそらく外用追加の為ではなく12日間の連続投与によ
る副作用と考えています。

関連報告書
https://pfizerpro.jp/documents/if/fd/fd02_cif.htm
http://pfizerpro.jp/documents/if/fd/fd01_cif.htm


外用薬は非常にいい結果を出し、ももは痛みとかゆみから解放され初めて
塗った途端に非常に安らかな表情ですやすやとねむりました。
思った通り、腫瘍部分の赤みが引き、見るからに改善傾向で喜んでいた、
そのほんの矢先、足のむくみを発見したのです。
失望、いかほどか察して下さい。


今夜から ピロキシカム内服は中止し 抗生物質とプロポリスのみ。

半減期24時間なのでとりあえず2日はピロキシカムの服薬を控えます。
獣医師はここでピロキシカムからステロイド剤への切り替えを提案しています。
これが現在スタンダードの対症療法の様ですが、私はこの治療法では悪性の乳癌
の治療にはなっていないと考えています。
ステロイド剤には悪腫の増加を抑制する効果はまったく期待出来ないため、
悪性腫瘍の爆発的増加によって腫瘍部分が赤く激しい炎症を起こしている事に
対して効果はないと考えているからです。

炎症を押さえるのではなく、癌細胞の活性を落とすことが必要不可欠なのです。

獣医師は私の考えに反対はしません。
その態度からは「どうせもう長くないのだから飼い主の気が済むようにしたら
いい」という感じが伝わります。
そして、私が試したい療法に協力的に、薬を取り寄せてくれ、情報を提供して
くれます。

ピロキシカムの内服はここまで、腫瘍部分には充分効果を発揮しているように
見えます。どんどん大きくなっていた腫瘍が、部位に酔って縮小傾向にあった
からです。

そのピロキシカムをやめたら、また腫瘍が爆発的に大きくなるのではないか。
そして余命をどんどん削り取って行くのではないか。
しかし続ければ、腎臓が機能しなくなり、体の中の老廃物や不要な水分がたまって
心肺機能にも重大な影響を及ぼします。当然、当のももは非常に苦しくなる。

ピロキシカムは、もともと鎮痛薬です。
だから悪性腫瘍の、激しい痛みを緩和してくれてもいました。
ももが日によって元気なのは、痛くないときに限っています。
痛みがある日は 息も荒く、ぐったりと横になり表情も悲しげに見えます。
ピロキシカムがうまく痛みに効かない日もあるのに、それを一切飲まなくなっ
たら一体どれほど苦しがるのか考えただけで胸がつぶれそうです。

内服は一時中止し、体内残存量の低下を待ちますが、外用薬は様子を見ながら
続けようと思います。そうしなければ、おそらく堪え難い疼痛で身動きもでき
なくなり、全身状態の悪化が起こるだろうと考えています。


そして、今、ピロキシカムを一切使えなくなった時の為に
ニチニチソウを服用することを考えています。

今日、ニチニチソウを12株、買ってきました。

私と坂本が、まず一人3枚づつ服用してみました。
これからももと毎日、ニチニチソウに挑戦します。

ニチニチソウで癌に立ち向かうというのは、民間療法ですが、ニチニチソウの
薬効成分は抗がん剤の原材料として現在使われている信用性の高いものです。
ニチニチソウに含まれるアルカロイド系の物質2種が抗がん剤として使われ、
アメリカ第三位の製薬メーカーイーライリリー社が販売しています。
ただし自分で育てた薬草を使う中で、強い医薬成分を含むニチニチソウは、
適正量の調整が難しく使い方に注意が必要なのです。

薬剤師さんならアルカロイド系の作用が毒にも薬にもなることをよく知って
いるので、ニチニチソウを煎じて飲めば効くというような事はまず勧めない
でしょう。
これは自己責任でやる、あくまでも民間療法です。

ですが、ニチニチソウならピロキシカムを再開した時にも併用にほぼ問題が
ないと判断していますので、ピロキシカムが体内に残存している今すぐにで
も使える、安全性の高い(適量なら)抗がん剤になると考えます。


昨晩は むくみのショックで一睡も出来ず
どうせ眠れないならと 猛勉強の日々です。


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まさに一喜一憂とはこのことで。

おととい、腫瘍が小さくなったように感じては喜び
今朝、大きくなったとがっくり肩を落とし。

客観的に見てももの病状悪化を食い止めることは出来ていないようです。

でも元気だし 散歩にも喜んで行き、ご飯もたっぷり食べています。

今日は病院に行きました。
体重を計るとたった一週間で2キロも増えていました。
人間の2キロと犬の2キロは訳が違います。
獣医さんが「ずいぶんと増えてますが」と驚いていました。
「はあ、すみません。余命がないと聞いたらもう好きなだけたっぷり食べさせて
しまって。毎回お腹ぽんぽんに食べて幸せそうです」というと
「そうですか」と獣医さんも助手の人も笑っていました。

太れるうちはまだいいのです。
怖いのはどんなに食べても痩せていくこと。
そして食欲が無くなって食べられなくなること。

ももはひっぱりっこが大好きなので 新しいおもちゃを買ってあげました。
私のほうが力が弱いので、ももは私と勝負したがります。
勝った優越感にひたりたいのです。

昨日、ようやく北九州まで行けました。
早く帰るつもりだったけど、やっぱり5時過ぎまでは戻れませんでした。
娘が熱を出して学校を休んでいたので、ももと一緒に誰かが居てくれる
という安心感もあったのかも知れません。

北九州、宗像、福津、古賀、と7箇所ほどの担当課を回ってきました。

遠距離、営業に走り回るのは、くたくたです。
でもどこにいっても、しっかりお話は聞いてもらえるのでその点は楽な営業ともいえます。
あとは成果が出ればいいな。今年の秋からでも、仕事につながればいいと思います。


頑張ってます。
家族みんなで力をあわせて 今の状況と戦います。

あきらめないよ。
出来ることは全部やろう。

拍手[1回]

北九州営業 行けてません。
明日にはきっと…と思ってるけど。

やっぱり病気の子を置いていくのはほんと覚悟がいるものです。
なかなか立てた予定通りには動けないのです。

今日は一日、とっても穏やかでした。
多分うまいこと薬が効いてて、痛みがぐっと少ないのだと思います。
数日前は、とにかく息が荒くてはあはあと、舌を出して呼吸してました。
その時は、暑いのか、痛いのか、肺に腫瘍が出来てて呼吸困難なのか、
絞りきれず、風を通してやると少しましだったので「暑かったのかなあ」と言
っていたのですが、今日になり、実はとても痛かったんだと判明。
気温は同じくらいなのに、今日はまったく はあはあしません。

とにかく穏やかですやすや寝て、起きると「散歩に連れてってくれないかな
あ?」と期待を込めたキラキラした瞳で見つめてきます。

散歩にいこうか?と声をかけると文字通りバネのように飛び起きて自分の
引き綱(リード)をくわえ、玄関で尻尾を振って待ち構えています。
全身から「早く、早く!!」といううずうず感が伝わってきて、どこが瀕死の
病気の犬なんだと思います。

お散歩に行って、楽しくひっぱりっこして遊び、草むらを探索し、猫に出会
って逆毛を立てたり、カラスに吠えたりして、帰ってきます。
すぐにお腹減ったという顔で台所にきちんとおすわりをして、ご飯の催促です。

作ってあげた手作りご飯を、まるで世界最高の料理を出されたかのように
美味しい美味しいと平らげてくれます。
食べ終わると、満足げに横になり、私が寝るまで待機モードで待っています。
私がベッドに向かうと、本当にそれを待ち構えていて、がばっと起き上がって
一緒にベッドのある部屋に付いてきます。
寝るときは私が寝ている場所で、と決めているようなのです。
私がベッドに上がると、安心してその部屋の好きな場所で横になり、今度は
すやすやと熟睡するのです。

ももに信頼されていることを実感します。
そのピュアな信頼に応えたいと、本当に心の底から思います。

犬。
無条件の愛を教える存在。
尽くすことを教える存在。
耐えることを教える存在。
受け入れることを教える存在。
何かのせいにしないことを教える存在。
何の未練も残さず去ることを教える存在。


私は 本当に動物を 「生き方の師匠」だと思っています。
家族と話しているうちに、ももの寿命があと何日かなんてどうでも
いいことだと思いました。
最後がいつだとしても、それは重要ではないのです。
それよりも 今日のこの一日が 本当に悔いないものであればいい。

ももは もとより そんな風に生きています。

動物の生き様、そして死に様ほど 学ぶべきものが多いことは
この世にあるだろうかと 私はいつも思っています。

今日は とてもいい日でした。
痛くなくて 本当に。

明日もそうであればいい と思うのは人間だけ。
ももは 何も心配などしていないのです。

拍手[1回]

今日も自分勝手にだらだら書いているだけなので
どうぞスルーして下さいませ。

泣くかわりにブログでも書きます。


家族が癌になり医者に見放された人ならたぶん、誰でもすること。

奇跡が起きるのをただ待つほど信心深くないし
私には奇跡を起こしてくれる神はいない。
私の神は 極めて宇宙のシステムに厳格なのだ。

だから 自力でこの病気のことを勉強しはじめた。
そして治療法も探し続ける。なにかないのか、と。

まったく便利な世の中で、検索すればネット上で学会の論文ま
で読む事が出来るのだ。

調べるほど絶望的。
生存率の低さ、そして根治の報告はゼロ。
最悪の悪腫なのだと分かる。
どんなに良い結果を引き出しても三ヶ月だ。
95.5%が3週間以内に肺に転移している。
肺に転移すれば呼吸困難で酷く苦しむため
獣医からは安楽死を勧められることになりそうだ。

2008年ごろまでは手術で病巣とその周辺を大きく切り取る
手術が第一選択だったようだが 今では手術をすれば余計に状
態を悪くするため手術不可とする判断に変わってきている。

そして2010年に通常なら鎮痛薬として使われる薬が、この
タイプの腫瘍に効き目があると多数報告され、研究結果が学会
で発表されている。
簡単に言えば、このタイプの癌は、細胞周辺にCOXという物質
が集まるために細胞が癌化して起こる病気だ。オキシカム系の
製剤が、このCOXを阻害することが分かり、もともとは鎮痛剤
として開発されたピロキシカムという製剤がCOX阻害剤として
機能し、結果的に癌細胞の増殖を食い止めたという報告が多数
上がっているのだ。

今、このピロキシカムを投与して5日目。
実感できるほどの腫瘍の縮小は見られない。
だが腫瘍が大きくなったという感覚もまったくない。
効いていると思いたい。だが事実だけを厳しく見つめる。
お願いだ、効いてくれ、と祈りながら、冷静に効いているのか
どうかを判断しようとしている。

今は、この薬にすべてを賭けるしかないのか。

今日は北九州まで営業行脚にいくつもりで家を出発した。
ももを置いていくことは心配だったので連れて行った。
しかし呼吸があらく、うまく横になれないため体が休まらず、
このまま北九州まで連れて行くと病状が悪化すると判断して
宗像に営業したのち、引き返すことにした。
連れて行ったのが間違いなのか。
連れて行かなければそれもまた心配で引き返したのかも知れない。

こんな状態の家族を一人家に置いて出かける事などできるものか。
しかし仕事はしなければならない。
講習会が開催されるのを待っている人がいる。

車内でももが横にならないなら長時間車に乗せて連れて行く事は
難しいと分かった。
それなら一人留守番させる時間を出来るだけ短くするしかない。

明日、早朝に北九州に出発し、出来るだけ午後早めに戻るように
しようと思う。途中で立ち寄る所はおおかた回ったので、その分
早く戻れるだろう。

いくら調べても余命は短いと分かっているのに
全身の至るところに その事実を信じられない自分がいる。

死を受容するプロセス。
否認の段階。

拍手[1回]

どんなに悲しいことでも
現実に起きていることは進行し続けるので

それから逃げることはできない

それに
時間が過ぎるごとに ショックで起きた激しい波も
少し収まり 今の状況にどう向き合うのかの準備
が出来るくらいにはなっていく。

昨日、娘は走って家に帰ってきた。
ももが心配だったのだ。
娘は誰にも言われないのにすごい速さで宿題をこなし
もものために時間を作った。

だから夕方も 家族みんなで散歩に行った。

ももは 充分な散歩と 子犬時代を除いてはおそらくはじめて
たっぷりお腹一杯になる量のご飯をもらい 心底満足だという
表情で横になった。

何も足りないものはなく 本当に満ち足りた様子のももを見ると
家族は心から安堵する。

犬はとても辛抱強い動物で 痛みにはかなり黙って耐える。
けれど人間と同じように痛いものは苦しいのだから、出来るだけ
痛みを取ってやろうと思う。


時間が経つにつけ
死ぬことが悲しいのではなく
ただももが苦しむことがかわいそうで耐えられないのだとはっきり
わかってきた。

娘が 「いつ死ぬのかがわかってるのって不思議だよね」といった。

「ももだけじゃなくて、誰でも死ぬことは決まってるよ。パパもママも
あなたも確実に絶対に死ぬんだよ。それがいつか分かってないだけ」
と話すと娘は納得顔で「ももの分はわかったんだね」と言った。

病気になって死ぬとしても 事故で死ぬとしても
長生きするとしても その苦しみは出来るだけ少ないほうがいい。

ネットで犬の鎮痛薬を調べていると、この癌に効くと報告のあがって
いる鎮痛剤を発見した。これを使ってみたいと思って読んでいくと
すでに処方されて、今飲ませているものに入っていた。
これが奇跡的に効けば、腫瘍の拡大を阻害して余命が延びる
かもしれない。
同じラブラドールに、劇的に効いたという症例を見て 勇気付けら
れる、揺れ動く炎のような患者家族の心。

痛みが出来るだけ少なく。
一緒に居る時間を出来るだけ長く。
そして 楽しく、うれしく、美味しい思いをたくさん。

悲惨なようでいて、 我が家は意外と笑顔で過ごしています。
涙をこぼしながらの 笑顔。

晴れているのに雨が落ちてくる、狐の嫁入りのような日々。

拍手[2回]

夕べ、夕食を食べて、宿題を済ませたころを見計らって、
娘に もものことを伝えました。

大切なことを話すからね、と前置きすると娘はまっすぐな目で
私を見つめていました。

ももに もう治せない病気がみつかったこと。
ももは もうまもなく死んでしまうだろうということ。
けれど死んでしまうのが 一週間後なのか2ヵ月半後なのか、
半年後なのかは、獣医さんにも、パパにもママにもわからない
こと。
ももが これから病気がひどくなれば とても苦しむかもしれな
いこと。
この病気になると、これから14週間のうちに、70%くらいの犬
は死んでしまっているということ。
20%くらいの犬が14週以上生きたけど、最後はやっぱりこの
病気で死んでしまうこと。

娘はすべて、うなづいて聞いていました。
表情は今まで見たこともないほど はっきりと悲しみをたたえて
いましたが、感情的に取り乱すことはなく、ただそっと私に抱き
ついてきました。

もものことを しっかり見守ってあげようね。ももは今でもすごく
痛いのに、何一つ文句も言わず、訴えもせず、一人でとても
頑張っているから。
これから残された時間、みんなで精一杯ももを可愛がろうね。
楽しい思いをたくさんさせてあげようね。

というと涙をこぼしながらうなづきました。

一人で眠るのは辛いだろうと思ったので、一緒に布団に入りま
した。娘は私にしがみついて、しずかに泣いていました。


今朝、6時に家族みんなで起きて、神社に散歩に行きました。
今こうして、ももが元気に歩けているうちに、家族みんながもも
と居たいからです。
朝、元気に歩けていても、夕方にはどうなるかわからないのだか
ら後悔しないように 朝のうちに散歩に行っておこうと 家族全員
が思ったのです。

「もものこと、話してもらってよかった?それとも話さないでいたほう
がよかった?」とたずねると娘は「話してもらってよかった。たくさん
可愛がることができるから」と応えました。

ももは 散歩の後半 疲れた様子を見せていました。
急に病気になったので、気力は元気な頃となにも変わっていない
ので本人のやる気は充分なのですが 体の状態はそれとは違って
動きも鈍いし、痛むところをかばって、ジャンプもしません。
息も荒く とても疲れやすいのです。


それにしても 娘の心の 広く深いことを感じました。
子どもの心は弱いと 誰が決めたのでしょうか。
娘は この過酷な試練を しっかり受け入れました。
そして 元気に 学校に出発しました。

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ここでしか話せないので 書かせてくださいね。
例によって暗くてごめんなさい。


明け方、夢を見ました。
ももを獣医さんに連れて行った夢でした。
医者から「すでに手遅れ。残念です」と言われていました。

目が覚めると明け方の4時過ぎでした。
嫌な気分でトイレに行こうとしたとき、ももが部屋の中でおしっこをして
しまっていることに気づきました。
おしっこする場所まで間に合わなかったのかな。そんな歳になったのだろ
うか、と心配になりながら、カーペットを洗いました。

ベッドに戻ろうとしましたが、眠る気になれません。

朝、娘を学校に送り出したあと、ももを病院に連れて行きました。
9時からの診察で、8時45分には到着したので一番乗りでした。
開いていない病院の前で、ももと二人で待ち、霧雨にぬれることを楽しみました。
時間になって診察をうけました。

「残念ですが、非常にたちの悪い腫瘍、つまり癌です。すでに全身に転移
していると思います。14週後の生存率は、27%です。いずれにしろ、もう
長くありません」

その主治医の言葉が心に届くまで5分ほどかかりました。

嘘、なにかの間違いだ。

と考える自分が居ました。
その自分を眺めて「私もこういう非科学的な思考をするんだな」と観察して
いる自分が居ました。確率を冷静に分析している自分がいました。

でも 涙が ぱらぱらと落ちて 止まりませんでした。
「こんなに元気なのに? あと14週以内に、多分死ぬっていうことですか?」
「とてもたちの悪い癌なのです。手術すれば逆にあっという間に死にます。
そして現在、対症療法以外の根本的治療法はありません」

ありったけ薬を出してもらいました。10日分です。
でもこの10日分さえ、使いきれるかどうかはわからない、そういう口ぶりでした。
とにかくこの病気の進行が早いのです。
会計の時も薬を受け取る時も 涙が止まらない私に 受付の女性がやさしく
ティッシュを差し出してくれました。

ももの命は、あと一週間かもしれないし、あと半年かも知れない。
とにかく、もうまもなくお別れの時が来るのだと、はっきりと告げられました。

思いがけず家族の余命宣告。
悲しいことはこうして、唐突に落雷に打たれるかのように人生に訪れるのです。


奇跡を信じたい。
この悪性腫瘍が消えたと、報告したい。

ももが居なくなることを、どう受け入れていけばいいのかと涙にくれています。
そして娘。
願い事をするときには必ず「ももが長生きしますように」と願っていることを知っています。
娘にこの事実をどう知らせればいいのでしょうか。

悲しみの嵐の中を漂流している我が家です。

ももには なんでも欲しがるものを食べさせてあげることにしました。
もう虫歯になることも、太りすぎることも、心配する必要はないのです。
ももはすぐに死んでしまうのだから。

今 食欲があって 喜んで食べられるうちに 何でも好きなものを食べ
させてあげます。美味しい思いをたくさんして、楽しい思いをたくさんして
我が家の一員であった幸福な日々をしっかり抱えて、天国に行って欲
しいから。

今はまだ 散歩にいく元気があります。
明日はどうかわからない。だからどうしても今、今日を大事にしたいという
坂本の気持ちにうなづいて、今日の仕事を2件できりあげました。
私も坂本も、ももを置いて遠く離れた処へ仕事しにいく気になれません
でした。

そして、ももと散歩に行きました。
霧雨の中でしたが、ももがいきたい場所、したいこと、なんでも坂本と二
人で付き合いました。

こんなに元気なのに。
それでも死んでしまうの?
今月の21日はももの誕生日なのに。

その日に元気でいるかさえわからないのです。

もう 他のことが何もかも、どうでもいい気がしてしまうほど
悲しいんです。

私は 悲しいんです。


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