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2007年9月2日開始。いつまで続けられるかな?
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子供の頃から 時間の無駄や労力の無駄が大嫌いだった。

意味のない決まりにも従えないし すべての事に意味を見いだそうとしていた。
先生に「どうして背の低い順に並ぶのですか」「出席簿はあいうえお順になっていますがなぜ廊下に並ぶ時は背の順になるのですか」などといちいち聞きたい性分だった。
私の質問につきあってくれる気の長い先生は居なかったので 私はいつも不満と疑問とで苦しんでいた。

教科書の内容をすべて丸暗記できても、教科書以上の疑問には答えてもらえなかった。
教科書に載っていない、世界のあらゆることに対しての興味は尽きなかった。

運動場に全校生徒が集まって、座る時に何故体育座りでなければならないのか、意味が判らない。
座るという事の目的が 「立っていると疲れるから」なら くつろげる座り方をしていいのではないだろうか。
足を伸ばして座ると、声がでかいことが取り柄の、脳まで筋肉で出来ているのかとおもうような体育教師から怒鳴られた。

この世は納得出来ないことばかりだった。
だから私は 人の命令にただ従うということができないし それが原因で会社勤めは無理なのだ。

私にとって 仕事には常に「それをやる価値」が必要で 
しかも「その価値は自分にとって重要なこと」でなければ 自分の仕事として行うことが出来ない。

仕事に「やる価値」を見いだせずに苦しんでいる人が 多分大勢居るだろうと思う。

どうしてもその仕事に 価値を見いだせないなら それはあなたの仕事ではないのではないだろうか。

人にはそれぞれ、自分にとって価値が見いだせることと見いだせないことある。
それは一人ひとり違う基準で成立していて あなたにとって価値ない事でも 他の誰かには価値のある事だったりもする。

だから自分にとって価値のない事なら すぐに他の誰かに代わってもらってもいいのだ。

私は 自分の仕事を「伝えること」「ヒントを与えること」「人の持つ美しさや善さを刺激すること」だと思っている。


それには大きな価値があり 私は自分のために仕事をしているというよりは 人類全体のために もっと言えば地球そのもののために 仕事していると思っている。

そう思える事でなければ 正直 あまりやる気がしない。

私が個人カウンセリングよりもグループワークが好きなのは 個人個人を変容することよりも グループで相互作用を引き起こして 変容する方が 一度に起きる変化量が大きいからだ。

ワークの参加者というグループの中で 日頃ブロックされている「人を信頼する能力」の鍵を外し自由にその能力が使える状態にすると 一人の人をきっかけに次次と他の人に変化が連鎖する。
その様は実にダイナミックだし 美しくも感動的でさえもある。

私は ワークの中で 場を調整する役割=ファシリテーターとして存在するが その仕事の価値は 参加者が全人的自分自身を回復するという点にある。

一部分としてしか生きていない人が 全人的な生き方を手に入れることで世界に起こす変化は ものすごいものがある。だからこの仕事にはやるだけの価値がある。

実際に参加者を変化させるのは 参加者自身なのだが 私が「場」を調整する事によって それが実現しやすくなる。だから私は自分の仕事に専念し、その「場」が可能な限り最大限安全であるように、また善いもので満たされる美しい空間であるようにと調整し続ける。
自分自身の中の汚れや雑音を排除し 精神統一した集中状態で 繊細さを総動員してワークに臨む。
それはワクワクする緊張と 涙ぐむほどの美しさに満ちた世界を 一瞬だけその場に具体化する事だ。

グループワークに限らず、傾聴講習会でも同じことだ。
私が場を調整し 参加者がそれに応えて変化していく。
私の講習会に参加する人が「毎回来るたびに癒される感じがしました」と感想文に綴るのはそういう事だと思う。

実際私の仕事の価値は 伝えている知識や情報ではなく その「場の調整能力」にある。
私が話す事のコピーは多くの人が出来る。
だが私がしている場の調整は 多分私にしか出来ない。
場の調整能力を持つ人は 実は非情に少ない。

私以外の 調整能力を持つ人が行う調整は、私のものとは別物になる。
だから、私のしている仕事の本質である「場」の調整は、私にしか出来ない。

早く 傾聴の講習会を引き継げる講師が現れることを祈っている。
その人には 場の調整能力が必須だが きっといつかその人に出会うだろう。

10年規模で待つつもりでいる。

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