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2007年9月2日開始。いつまで続けられるかな?
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子供のころからGWには出かけないという習慣です。
どこも人が多すぎて疲れるし、移動にも時間がかかるし、
何でも値段が高い、というイメージがあります。

でも、今年は初めて、GWにお出かけしました。

こういうイレギュラーな出来事の理由はいつだって、娘の希望が関わってきます(笑)

娘の大の仲良しさんが、どんたくパレードにでるというので、生で見たいというのです。
よりによってどんたくパレードか!?とため息が出ましたが、まあこんなきっかけでも
ない限り、自発的にどんたくに寄り付くことはないと思い、それじゃあまあ、いっちょ
出かけて見ましょうと。

ひとくちにどんたくパレートと言ったって丸二日やってるのですから、何日の何時ごろ
からが出番かよく詳しく聞いておくようにと娘に言って、当日を迎えました。
予想したとおりものすごい人ごみです。このGWの中で全国で一番、人が集まるイベン
トが、どんたくなのですから、当然ですね。親子三人、「やっぱりすごい人出だねえ」
と驚きながら地元民とは思えないおっかなびっくりな挙動です。
地下鉄を降りて、人がきの後ろから覗き込んでも、一部しか見えません。人垣が薄いと
ころを探してうろうろ。看板の後ろという、視界が悪い場所が人が少なくて、看板の端
っこに顔をのぞかせる形で何とか前列から3列目くらいを確保しました。
看板(周辺地図)の下にダンボールを敷いて座り込んでいるのは70歳以上のおばあち
ゃんのグループです。硬い地面でお尻が痛いのか、座りなおそうとした拍子に、頭の上
の看板に頭をぶっつけそうになりました。思わず手が動いて、おばあちゃんの頭と看板
の間に手を入れてかばってしまいました。
「大丈夫ですか」と声をかけると「ごめんなさいねえ」と笑顔が返ってきました。
晴れていい天気だったのですが、風が冷たかったので、「寒いですね」「本当ねえ」な
んて言葉のやりとりも少しして、その場が優しく和みました。

それから30分ほど、娘の友達の出番を待って、パレードを眺めていると、おばあちゃ
んたちがもそもそ動き始めました。立ち上がるのに手を貸していると、「ここ、空くか
ら座っていいよ」と私たち親子に席を譲ってくれました。おばあちゃん感謝。
看板下の隙間ですが、最前列です。なんてラッキーなんでしょうねえ。
袖刷りあうも他生の縁。誰とでも、仲良くできるなら本当に幸せです。

路肩に座って、まだかまだかと出番を待っていると「あっMちゃん!」と娘が。
大声で娘と一緒に「Mちゃーーーん!!」「Mちゃーーーん!!」と絶叫すると、声が
届いてMちゃんは、両手をぶんぶん振っている私たちをちらと見て、恥ずかしそうに笑
ってくれました。
出店でいろいろ買い食いして、はじめてのどんたく、楽しめました。
参加している人たちはみんなきらきらしていて、楽しそうで、見ているほうも楽しくな
りました。やっぱり参加すると楽しいんでしょうね、きっと。

翌日は、これまた娘のお願いで、荒尾市のグリーンランドに出かけました。
ヴォーカロイドの初音ミクのイベントがやっているというのです。うちの娘は遊園地に
まったく行きたがらないので、イベント目当てだとしても珍しいお願いでした。
GWに有名な遊園地というのは、まさに人ごみ真っ只中に突っ込んでいくという行為で
すので、我が家としてはかなり異例でしたが、頑張りました!

娘は初音ミクイベントで十分満足したようですが、せっかくきたのでアトラクションも
いくつかは楽しもうということで長蛇の列に並んで頑張りました。

遊園地を後にして、晩御飯もせっかくだからどこかで…と思っていましたが、慣れない
ハードスケジュールに私も娘もダウンしてしまい、車の中で爆睡でした。

GWにお出かけするには、やっぱり覚悟が必要ですね。
私には、おうちでのんびり片付けやガーデニングしているほうが性にあってます(苦笑)

みなさんは、どんなGWでしたか?

拍手[2回]

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人生において 本当に大切なことはなんだろうと考えてみた。

誰もが漠然と いつか自分が死ぬことを知っている。
だから、よく言われるのは 「生きた証に何かを残す」ということ。


何かを残したい…と思って努力したり 夢を追ったりすることは
素敵なことだと思う。

けれど
「何かを残したい」「何を残すのかが重要だ」といった言葉を聞くと
私には なにか 未練めいたものを感じられて
自分にはぴったりこない感じがする。

残す…という言葉そのものが 自分が居なくなった後の状態を想像している。
自分が居なくなったあとにも、自分の気配、自分の足跡、自分の匂い…
そういったものが世界に残っていて それが残っている人や世界に
わずかでも影響しているようにと…。


自分がいなくなった後の世界に 私はかけらも残っていない という
未来を想像するのが嫌なのだろうか。
だから「なにかを残そう」とするのだろうか。
自分が居なくなるその恐ろしさを、何かを残したということが慰める
のだろうか。

果たして 何かを残そうとして生きるのは 楽しいだろうか?
私にはわからない。

私にとって 何かを残すことより ずっと大事に思えることがある。

それは 毎日の日々 名もなき日常の一瞬一瞬を 存分にありのまま
感じて いじけず へこまず ひがまず ねたまず 憎まず
ひたむきに 懸命に生きることだ。

自分の力で 自分を支え より良いものが自分の中に芽生え育まれる
よう願い 他者の幸せや安らぎを願い 懸命にひたむきに生きること。
それを 最期の日まで続けられたなら、その人は 十二分に生きたと
いえるのではないだろうか。

立派な人生を往生したと 胸を張って良いのではないだろうか。

名もなき人が 累々と 過去に眠る。
彼らを振り返るものはいない。
けれど 彼らが懸命にひたむきに生きたのなら
彼らは 立派だったと言っていいのではないだろうか。

悲しみの多い人生を送った人もいるだろう。
痛みに苦しんだ人生を送った人も。

障害を抱えたもの 貧しさにあえいだもの

人はそれぞれに 何らかの重荷を背負ってもがきながら生きるけれど
それをもって良い人生、悪い人生と分別したくはない。

どんな人生であったにせよ 
その人が懸命にひたむきに生き 最期を迎えたのなら
その尊厳こそは侵すべからざる聖域のような気がする。

一生懸命生きよう、と思う。
何も残らなくてもいい。
私は、一生懸命に生きて、生きて、生きてみたいと思う。
そして、千の風の一吹きになって地球に還ろうと思う。

拍手[4回]

久しぶりに、このブログのメンテナンスをしてみると
まったく見たことのないメニューがメンテナンス画面にあることに気づきました。

これまで拍手をしてくれた人が誰なのか知らなかったのだけれど、実際には
コメントを残してくれている人もたくさんいたのですね!

本当にごめんなさい。
コメントさっき読みました。
いつも応援してくださっていることは心で感じていましたが、
実際に書かれているコメントを知らなかったことは申し訳なかったと思いました。

このブログにつけられたコメントの一部は、どうやら管理画面でないと確認で
きない仕組みで私はずっと知らなかったのです。
拍手だけは数字で変化するので、誰が拍手してくれているのかまではわからない
けれど、いつもこのブログをチェックしに来てくれている「常連さん」がいるの
だろうということは分かっていました。

そういう方たちの存在をいつも感じて、書いてきた面もあります。
ありがとうございます。

それで、このブログはトップページが一番検索されているようなのですが、
時々とても古い記事を読んでいる人がいることに気づきました。

自分でも古い記事から100個ほど読んでみました。
このブログを開設した2007年頃の自分の記事を読んでみると、当時の自分が
今より若くて、エネルギーが一杯あったんだなあと感じます。
自分語りをする場としてこのブログを自分に与え、初めてのびのびと自分のこと
を表現しているなあと思いました。
少し過去の自分に、力づけられたような気もし、また過去の自分と今の自分の
方向性の違いにも気づきます。
人に寄り添って生きて生きたいという気持ちは変わらずありますが、同時に自分
自身の人生をどう纏め上げていくのか…ということも重要なテーマとして以前よ
りずっと大きくなってきました。


過去を具体的に振り返ることができたのは、やっぱりこうして、形に残していた
からですね。ブログを書いて欲しいといってくれたMさんに感謝。
拍手で支え続けてくれた方に感謝。
コメントくださった方に感謝。
何も言わず通り過ぎてくださった方に感謝。

いろんなことを経験して、私は2007年より少し年をとって、そしてより、
「マイペース」を感じています。
娘も大きくなり、2頭の犬たちが去って行き、2頭の犬たちが加わり、夫も
白髪になっています。

なんだかね、いい感じです。
年をとることは、楽しいことです。
田舎に家でも買って、引っ込もうかなあ、なんて思っていたりして。

拍手[2回]

1ヶ月ほどまえ、植木市に通りかかり、寄り道をしました。

さくらの花が咲いている小さな植木が可愛くて購入。
さくらの木だと思っていたら、なんとそのままさくらんぼになるんですって。
わーい。

小さな苗木たちの中に、ただの棒きれみたいなのがありました。
「これは何の木ですか?」と聞くと「アメリカンチェリーです」
わお。はっぱが一枚もないのに?
なんだか楽しそうなので購入しました。
すると売り子のおばさまが「切っておきましょうね」とざっくり半分くらい
の長さに切ってしまいました。
ひええ?

切らないと、ひょろ長い木になって、世話しにくいんだそうです。

購入して1週間たつと、さくらの花たちは全部散って行き、そして本当に、
残った軸の先にさくらんぼの赤ちゃんがたくさん付いていました。
30個くらいかな?
短い棒切れみたいになったアメリカンチェリーは、枝がたくさん出てきて、
一ヶ月たった今ではすっかり立派に小さなさくらの木になっています。

さくらんぼを眺めていると面白いことに気づきました。
実ができなかった軸は細くて、やがてぽろりと落ちてしまいます。
実ができた軸はどんどん太くなっていき、缶詰でよく知っている
さくらんぼの軸の太さにまで育ちました。

ゆっくり実が大きくなっていく感じです。
本当にさくらんぼが収穫できたら楽しいなあ。
我が家のベランダ菜園も、春です。
新しいメンバーも加わり、にぎやかです。

ブロッコリーの苗も4株植えました。
(さっそく犬に肝心の芽の部分をかじられました(涙)
ブロッコリーはめげずに育とうとしているので、そのまま様子を見たいと思います。
さくらんぼも犬やからすに狙われていて、熟す前に落とされています(涙
風でも落ちてしまうみたいで、さくらんぼ農家さんはどうやっているんだろうと
思っています。残り15個くらい…収穫できるところまでいくんだろうか?
アメリカンチェリーは、多分来年かなあ?

でも楽しいですよ。実のなる植物が大好きな私です。

うちの土には大葉の種やバジルの種が散っているので、勝手にいろんな
プランターからバジルと大葉が生えています。

とっても楽しいベランダ菜園です。 

拍手[1回]

中学に入学したばかりの娘ですが やっぱり中学生って独特
だなあと思います。

教員免許を持っている知人が、小学校、中学校、高校の全部
にトレーニングで数週間づつ赴任した経験で、「中学生が一
番訳の分からない行動を取る」と言っていましたが、子供で
も大人でもなく、またそのどちらでもあるという、一番不安
定な時期が中学生だからなのかもしれません。

娘の話を聞いていると、とにかく学校の先生の言うことなす
こと、全部に文句があるように聞こえます。ありとあらゆる
先生の言動に矛盾を見つけては批判しています。

何にでも文句があるのねえ、あなたは…先生だってただの人
なのよ?と言いそうになって、(あ、これが反抗期なんだ)
と気づきました。あー言わずに済んでよかった。

こんな年頃の子どもたちの相手をする先生はどんなに大変だ
ろうかと、しみじみ、学校の先生方の有り難さを感じます。
何をしても何を言っても、全部反発してくる生徒を可愛く思
えるものかしら。心労はどれほどだろうか。
そう思います。

誰だってそういう時期に大人たちに迷惑かけて、それでも
見捨てられず育ててもらい、大人になったのですよね。
そう思うと、本当に、人を大人にするというのは難しく、
長い道のりですね。未熟な自分に関わり、忍耐してくれた
多くの人たちに、手を合わせて感謝したい気持ちです。

そして、娘のこれからの時期に、腹をくくろうと思いました。

まあ、にくらしくも、可愛い時期であることでしょう。
いっちょ揉んでもらいますか。

拍手[2回]

曲がり角と申しますか…
昨年10月に病気が見つかってから次々にいろんな体の変化に気づいています。

3月に内科に受診したとき「出来るだけ早く眼科に行って検査してもらってく
ださい」と言われたので病院嫌いの私ですが、調べるだけは調べてみようと
重いお尻を持ち上げて、行ってみました。

若い頃から遠視の乱視でしたし、目にはいろいろ病歴があったので何か言われ
てもあまり驚かないつもりでしたが、「老眼鏡をかけてください」といわれた
のは口が開いてしまいました。

パソコンを一日9時間見続けるという仕事をしていると、目が本当に疲れてし
まって、昼過ぎから肩こり、頭痛と次々症状がでます。この目の疲れはどうし
てかなあと思っていたら、私はもともと遠視なので、近い距離に焦点をあわせ
るのは目の筋肉や水晶体にとって結構たいへんなのだそうです。
若いうちはそういう無理もききますが、歳を取れば、筋肉も疲れやすくなり、
また柔軟だった水晶体も酸化して硬くなってきます。焦点がどんどん合いにく
くなり、それを一生懸命あわせているものだから、目は疲れ、肩はこり、頭痛
はしてくるという有様だったわけですね。

「老眼鏡をかけると楽になりますよ」
46歳で老眼鏡ですかあ? とまた素直ではない不良患者の私。
「治療法はありません。加齢によるものなので治りませんし、これからどんど
 ん悪くなります。悪くなるのをどれくらいゆっくりに出来るかですね」
「それに、まだ軽度ですが白内障ですね。年齢にしては、平均より少し進んで
 いる印象です。」
「老眼鏡していただくと、多分ずいぶん楽になりますよ。」

先生、きっぱり言ってくれましたね。
さすが開業数ヶ月の若い先生です。
ざっくり加減が実に若々しいです。
いっそ、さっぱりします。

若い頃は遠視ですので視力検査はいつだって2.0でした。
小さな星が全部はっきりした点で見えていて、昴(プレアデス星団)も6つ
以上数えることができました。
今は月をみても二重に見えるしまつです。

クリアな視界を失うことも定めなら、代わりになにが見えるようになるので
しょうか?
失うことの代わりに、私たちはいつだって何かを手にしているはずです。

のんびり歩くことと、見えないからこそよく見ることを得てみようと思って
います。

追伸:
早速老眼鏡をゲットしてみました。
いやーーーー。本が読みやすくてびっくりしますね。
いい経験した~。

拍手[2回]

数日前に書いた物質に関してのブログですが、その正体は「水」です。
娘に読ませたところ、「こんな危ないものは規制したほうがいい」と言いました。
海外での実験の結果では、この情報を読んだ人のほとんどが同じく「規制すべき」と回答しています。正体が水だと見破ったのは一人だけだったとか。

書かれている情報にウソはありません。
すべてが事実なのですが、さも「科学的」なように書かれていたり、
ネガティブな面だけを書かれていると、よく考えずに「思考を操作」されるのです。

娘が規制すべきと答えたので、リンク先(ウィキペディア)を読んだかと聞いてみました。
読んでいませんでした。すぐに読ませて種明かしすると、とても驚いていました。
自分が情報によって操作されたことを実感してくれたので、今後は気をつけてくれるのではないかと思います。

情報に嘘がなくても、偏っていると誤解を与えます。
わずかな事実に、感想や印象を付け加えていくとそれが「噂」となります。

いかに私たちが情報に振り回されやすいか、操作されやすいかを考えてみて欲しくて、書いた記事でした。


さて、その物質の正体は「水」だとわかった上で、下記をもう一度読んだら、どう思いますか?

====以下再掲====

その物質の名はDihydrogen Monoxide 略してDHMOといいます。

・水酸と呼ばれ、酸性雨の主成分である。
・温室効果を引き起こす。
・重篤なやけどの原因となりうる。
・地形の侵食を引き起こす。
・多くの材料の腐食を進行させ、さび付かせる。
・末期がん患者の悪性腫瘍から検出される。
・吸引すると死亡する。

という人体にも環境にも重大な影響があるにも関わらず一切規制されていません。
したがって身の回りには以下のような形でごく当たり前に使用されています。

・工業用の溶媒、冷却材として用いられる。
・原子力発電所で用いられる。
・発泡スチロールの製造に用いられる。
・防火剤として用いられる。
・各種の残酷な動物実験に用いられる。
・防虫剤の散布に用いられる。洗浄した後も産物はDHMOによる汚染状態のままである。
・各種のジャンクフードや、その他の食品に添加されている。

この物質は規制すべきではないでしょうか?

====

さていかがですか?

拍手[3回]

今年は桜が早くって、春が早くきたんだなーって思っていたらば、
今日と明日は春の嵐です。

でも風はそんなに冷たくなくて 福岡だけかも知れないけど、
テレビで警戒を呼びかけているほどの豪雨でも暴風でもなかったよう
な?

3月末に、病院に行きました。
昨年10月に見つかった病気の、その後の経過を調べてきました。
6キロほど体重も落とし、食事療法とささやかながらもやらないより
マシな程度の運動を繰り返し。
すぐ入院しなさいと言われたのに病院拒否で、お薬もなく、いわゆる
「自分で治します」という古いタイプの不良患者です。
一部のお医者さんから嫌われる患者なんですよね。

でも自分の体って、人に治してもらえるものだとは思わないんですよね。
だって、自分以上に自分の体を感じられる存在はないのだから、自分で
自分の体と対話することは健康の基本だと思うんです。
5ヶ月そうやって、もう結構元気になったんじゃないかなーと思って、
結果を確認するために病院に行ったわけです。

肝臓の値はすっかり改善していて、医者がびっくりしていました。
「あれ?ずいぶんいいですね。もう肝機能に関しては異常がないです」
「それに、あれですねえ、血中コレステロールが…あれ?ぜんぜん正常
 ですねえ」

私は小学校2年生の頃から太っているんですが、意外なことに血中コレ
ステロールが異常値になったことはないんです。
お医者さんは内臓脂肪をたっぷり蓄えていそうな私の体を見て、血中
にもとんこつスープ並みに油が流れているんだろうと思っているんで
しょうね。

「あなたの場合は、多分ですねえ、あれですよ。体重を標準体重にまで
落とせば、完全に治るんじゃないかなあ」

ちょっとまったー!
私はきっぱりとした口調で医者に訴えた。
「先生、私はですね。
 小学校2年生以降、標準体重に収まったことはありません。
 ダイエットならありとあらゆることをしていますし、正直に言って
 知識ならは半端ありませんが、標準体重までは痩せたことがないです。」
「ああ…でしょうね」

おい。こら。
ああ、でしょうね ってなんだい。
相槌おかしいでしょ。
そうなんですかー?とか、ちょっとくらい疑問形にしてくれても。

「まあ、そういう痩せにくい方はですね、運動を増やすしかないです」

ぶー…。運動嫌いだい。
犬の散歩を増やすかなあ。

「お薬出しておきますので、2週間ごとに通院してください。検査して
ちゃんと様子見ていかないと、今回よかったからって油断したらだめで
すよ」

へいへい。
不良患者なりにやりますとも。
家族を支える責任がありますのでね。

試しに薬を受け入れてみることにしました。
薬の効果はなかなかのものです。
ゲシュタルト的気づきの瞑想は、健康にもとても良いと実感しています。
呼吸と気づき。

私はこれで、きっと長生きします。
故障してるポンコツでも、最後までちゃんと走りますよー!



拍手[2回]

本当の知性とは何か、知性を磨くとは何かを考えています。
そこで、ベタですがこんな記事を書いてみます。

大気汚染物質PM2.5が毎日の天気予報と共にテレビで流れている
今日この頃ですが、みなさんはこの物質についてご存知でしょうか?

その物質の名はDihydrogen Monoxide 略してDHMOといいます。

・水酸と呼ばれ、酸性雨の主成分である。
・温室効果を引き起こす。
・重篤なやけどの原因となりうる。
・地形の侵食を引き起こす。
・多くの材料の腐食を進行させ、さび付かせる。
・末期がん患者の悪性腫瘍から検出される。
・吸引すると死亡する。

という人体にも環境にも重大な影響があるにも関わらず一切規制されていません。
したがって身の回りには以下のような形でごく当たり前に使用されています。

・工業用の溶媒、冷却材として用いられる。
・原子力発電所で用いられる。
・発泡スチロールの製造に用いられる。
・防火剤として用いられる。
・各種の残酷な動物実験に用いられる。
・防虫剤の散布に用いられる。洗浄した後も産物はDHMOによる汚染状態のままである。
・各種のジャンクフードや、その他の食品に添加されている。

この物質は規制すべきではないでしょうか?

詳細は以下をご覧ください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/DHMO
(↑をクリックしても開かない場合はコピーして検索してね。)
(読まないと意味ないですよ~)

さあ、あなたは、いかがお考えになりますか?
私たちはマスコミやネット情報に踊らされ、騙されているのかもしれない、
という可能性を常に抱えています。いかに自分の頭を使うのか、それを磨
いていきたいものです。

拍手[1回]

最近、老いることを考えています、というより実感しています。

若い頃から死ぬことは実感していましたが、老いという実感は、40代に
入ってからリアルに実感するようになりました。
老いることは、死ぬこととは別で、生きつづけるが故に感じる実感です。

徹夜しても大丈夫だったのは20代まで。
30代では堪えるなあと弱音を吐くようになり、40代ではもはやまった
く無理です。長時間同じ姿勢でいると、体が固まってしまい、数日間も
動かすたびに痛みに苦しむ羽目になります。
これから、50代、60代、70代と、ますます体の衰えは感じるのでし
ょう。

我が家のやんちゃ犬とまったり犬はまだ1歳で、短い犬の一生と言えども
萌え上がるような命の春の時代です。元気で、体も大きくなり、力もこれ
からますます強くなり、足も速くなり、3、4歳でピークを迎えます。
娘もこれからますます女性として輝いていく上り坂です。

それに対して、私や夫は、すでにピークは過ぎ、下り坂であるわが身を感
じずにはいられません。顔のしみやしわは言うに及ばず、白髪に気づいて
軽くショックを受けたのはまだ若いつもりで自分の老いに自覚が少なかっ
たからでしょう。

私が幸福に思うのは、夫と仲が良いことです。
どんなに経済的に恵まれなくても、夫婦仲良く会話し、一緒に過ごすこと
が安らぎならばそれだけで十分だと思います。

互いに決して意地悪を言わないこと。
それには言葉遣いが重要です。
丁寧な言葉を使うこと。粗雑で乱暴な言葉を使わないこと。

二人で会社を切り盛りしていた頃、若い社員からよく「夫婦仲が良くてう
らやましい」「結婚したらお二人のようになりたい」といわれてくすぐっ
たい思いをしましたが、仲が良いのは本当でした。

二人で年を重ね、老いていきます。
どちらが先に倒れるかわかりませんが、倒れた相手と共に、その時できる
生活を続ければいいと思います。
病院に行けるお金があるなら病院にかかるでしょうし、お金がなければ医
療を受けずに家で死ぬのでしょう。
お金があれば介護を受けるのでしょうし、なければ互いにできる部分だけ
介護して、床ずれができるともそのままでいるのでしょう。
その時の身の丈にあったもので満足することを、私は犬たちから学びました。

そして、より良いものがあることを知っていても、闇雲にそれを欲しいと
思わないように自分の心をセットしておく貧しいものの知恵を、私も夫も
備えています。


私たちの時代は、「足るを知る」を学ぶ時代です。
働けば働いただけお金がもらえた一世代前ならば、欲しいものを次々に見
つけ、それを手に入れるために働くということが可能でした。
今は、同じことをしても実現しません。
だからこそ、幸福に生きるには「足るを知る」知恵が必要です。

持たないものではなく 与えられているものに目を向け
それが実に 有り難いことである事実に気づく。

老いてなお、あれがない、これがないと嘆いていては、あまりにも惨め、
そして不幸過ぎることでしょう。
自分を幸福にするのは 自分の責任です。

失っていく体の勢いと 反比例して
有り難さを見出せる 豊穣の心を得て生きたいと願っています。

拍手[2回]

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