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2007年9月2日開始。いつまで続けられるかな?
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「遠い人類より隣人を愛しなさい」というマザーテレサの言葉は
「考えてばっかりいないで行動しなさい」という意味でもあると思います。

うーん、チクッと来ますね。
いつも人類のこととか地球規模のこととか、少し規模が小さくても
日本の社会構造のことなんかばかり考える癖があるものだから
なんだかマザーテレサに叱られているような気がします。
ははは…ショボン

けれど 自分に出来ることは両手二本で出来る分だから
もともとそんなに大きなことはできやしない。

そう思うことにして、出来ていないことばかり思い浮かべて自分を
責めないように努力します。

だけども、社会構造だとか国のことなどの大きなことばかり考えて
いないで、できる小さなことをコツコツやることが大事なことなんだ
よと思い起こさせてくれる言葉なんですね。

隣人を愛する…。
本当にやろうとすると意外にこれは難しいと誰でも気づくと思います。

人類や国や社会を思うとき、それは「概念」だけれど、「隣人」となると
がぜんそれはより「現実」であり「生活」であるからです。
ここでもまた、私たちがいかに、概念ばかりの中で空想にふけってい
るかを思い知らされることになるわけです。

つまりマザーテレサは、現実を見なさい、そして愛する行動を生活の
中に取り入れなさいとも言っているのです。

私はまず 家族には決して汚い言葉を向けまいと思います。
思いやりをもって より忍耐強く 愛情深く親切に接するようにしようと
思いました。もちろんそうできるときばかりではないのですが たとえ
失敗してしまっても次の瞬間には出来るだけ早く やさしくあろう、親切
であろう、丁寧であろうと思い直し態度を改めることが出来るよう、
努力し続けようと思います。

娘に酷い態度をしたり 夫に心無い言葉を言ったり
疲れからものに八つ当たりなんかして不機嫌になったり
そんな自分に気づいたらすぐに 一人になって深呼吸。

(思い出せ、大切なことを。何が大切なのかを。
 お前は自分だけが大事なのか?)
そう自分の真ん中に語りかけるのです。

深呼吸して 自分の中にある小さな宇宙につながって…。
そうそう。その調子。
今ある生活の繊細さや奇跡のような大切さを思い出して…。

いま、ここでこの人たちを家族と呼んで暮らしている生活は決して当た
り前なんかじゃない。
それは奇跡をいくつもいくつも紡いで実現しており そのバランスひとつ
で簡単に失われてしまう尊い日々なのだと思い出すのです。

明日死んでしまうのだとしたら 大切な人とケンカしたままでなんかいられません。
一瞬でも早く仲直りし謝罪し 穏やかでやさしい時を取り戻さなければ。


そして生活の中でも 誰かのために何か出来ることがあれば
それは出来るだけやっていこうと思います。
買い物で賛同できて信用できる募金箱を見たら
財布の中にある100円玉以下の小銭を全部入れる。
これはだいぶ以前からずっと続けています。

小さな金額だけど これが自分以外の、助けが必要な人とつながります、
という意思表示だと思っています。

困っている人を見かけたら声をかける。
手伝えることがあれば手を貸す。
そういう、些細な事の小さな小さな積み重ねでいいのだと思います。

19歳のころ、大きなトランクをもって一人上京しました。
東京の電車の階段は信じられないほど長くて 辞書なんかが入っていて
30キロもあるトランクを一段一段引きずって上がっていると 多くの人の
流れをせき止めてしまい、本当に迷惑になってしまいました。
どうしようと思いながら必死で休まず一段づつ上がっていたら
後ろから上がってきたスーツの男性がひょいとトランクを抱え上げ、一番
上まで無言で持って上がってくれました。一番上の段でトランクを置いて、
その人は何も言わず電車に駆け込んで行きました。お礼を背中に投げか
けるのが精一杯でしたが、東京にも親切な人はいるんだと、少し勇気が
出ました。

その人にとっては、大迷惑になっている障害物をどけただけかも知れな
いし、親切心だったとしてもお礼さえ受け取る必要がないほどの些細な
親切だったのではないかと思います。
でも本当に困って心細くなっていた私にとっては、本当に本当にありがた
かったし、なんと言っても、怖い人ばかりだと思っていた東京にも、無関係
の人に親切に出来る人がいるとわかっただけで、そこで生きていく勇気が
出たのですから影響は大きかったのです。

彼は間違いなく、私にとって助けになりました。
私は45になった今でも彼の親切を忘れません。

親切にすること 相手の身になって小さな助けになろうとすることは
とても尊いことです。

小学生はそのことをよく知っていますが中学生になるとそれを出来るだけ
忘れようとします。高校生になると馬鹿にするようになり大学生になると
すっかり忘れてしまいます。

大人になって誰も頼ってはいけないような身分になってから
人の親切に触れると「そうだった。人に親切にされること、親切にすること
はこんなに素敵なことだったんだ」と思い出すのです。

子供を育てるようになると 人の優しさがないととても乗り越えて行かれ
ないような大変な毎日になり 人に優しくすること、されることの重要性が
身にしみます。子育てをする機会に恵まれないと、ここのところが人生か
ら抜けてしまって寂しいまま大人の人生を長く過ごすことになりがちなの
かも知れません。

隣人を愛する…。
それは現実であり生活。

上の階に住んでいる老齢の大家さん夫妻のことも気がかりです。
何か手助けすることがないか しばしば考えています。
考えているだけじゃだめですね。行動を。
チャンスをうかがっています。

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